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東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2688号 決定

主文

一  本件申立をいずれも却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件は、売却のための保全処分を求める事件である。

二  申立の内容

申立人は、次のとおり主張して、買受人が代金を納付するまでの間、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築工事の禁止、本件建物についての占有移転禁止、本件建物の使用禁止、本件建物の処分禁止などを命じる売却のための保全処分を求めている。

すなわち、申立人は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)とともに、同土地上にあつた別紙物件目録(一)記載の建物(以下「旧建物」という。)に抵当権の設定を受けた。相手方丙川観光有限会社(以下「相手方丙川観光」という。)は、申立人の承諾を受けることなく旧建物を取り壊し、相手方株式会社戊田組(以下「相手方戊田組」という。)に本件建物を建築させている。本件建物が建築されると、本件土地の価格は著しく減少する。したがつて、上記建築工事は本件土地の価格を著しく減少させる行為に該当する、というのである。

三  記録によつて認められる事実

記録によれば、次の事実が疎明される。

(1) 申立人は、平成二年一一月三〇日、相手方丙川観光に三〇億円を弁済期平成六年一月二〇日、利息等の債務の履行を遅滞したときは期限の利益を喪失する、利息(年八・八パーセント)は毎年一月二〇日及び七月二〇日の年二回、各々六か月分を一括後払い、等の約定で貸し付け、その担保として、相手方丙川観光所有の本件土地及び旧建物に抵当証券発行特約付で抵当権を設定した。同抵当証券は平成三年六月二五日作成発行された。当時、相手方丙川観光は、別紙物件目録(一)の<4>記載の建物において、パチンコ店を営業していたが、同営業を東京都板橋区で行うこととし、旧建物を取り壊して、本件土地上に本件建物(一〇階建てビル)を建築することを予定していた。相手方丙川観光の関連会社が、平成二年一二月、相手方戊田組に、板橋区で営業するパチンコ店の店舗の建築を依頼し、同建築工事が、平成三年七月完成したことから、相手方丙川観光はパチンコ店の営業を板橋区の店舗に移転した。

(2) 相手方戊田組は、相手方丙川観光から、本件土地上にある旧建物の取り壊しを請け負つた。相手方戊田組は、平成三年八月から同年一二月にかけて、旧建物を取り壊した。

(3) 相手方丙川観光と相手方戊田組は、平成三年七月一七日、新建物の建築請負契約を締結した。同契約の内容は、請負代金約三二億円、工期平成三年八月から平成五年二月、と定められた。相手方戊田組は平成三年一二月本件建物の建築工事に着工した。

(4) 相手方丙川観光は、平成四年一月二〇日に申立人に支払うべき利息一億三二〇〇万円の支払いを怠り、期限の利益を喪失した。

(5) 申立人は、相手方丙川観光に対し再三債務の履行を督促したが、相手方丙川観光がこれに応じなかつたので、平成四年六月一七日本件競売の申立をし、翌一八日開始決定がなされた。当時本件建物の建築工事は、地下工事を完了し、鉄骨工事は四階まで型枠工事は二階まで立ち上がつていた。相手方丙川観光及び相手方戊田組は、当時既に工事完成割合で三割、請負代金の半分の約一五億円を投入していたので、工事を中止することはできないと判断して、これを続行した。また、相手方らは新建物について法定地上権が成立すると判断していた。

(6) 申立人は、平成四年六月二九日、相手方戊田組に対し、本件建築工事を中止させる目的で、本件競売の申立の事実を通知し、同書面は同年七月一日到達した。申立人は、相手方戊田組に対し、平成四年七月一五日、新建物につき法定地上権が成立しない旨を警告する書面を送付した。また、申立人は、同趣旨の書面を相手方丙川観光に送付した。

(7) 申立人は、平成四年一二月七日本件売却のための保全処分命令の申立をした。その段階で本件建築工事は最上階の一〇階まで立ち上がり、工事出来高にして七割、工事費は総工事費の九割近くが投入され、外壁工事等を残すだけの完成直前の状態であつた。平成五年一月末時点では建物は完全に出来上がり、各階内外装の仕上げもほぼ完了に近く、同年二月以降に残されている工事費目は足場取り外し等のみである。

四  当裁判所の判断

(1) 新建物の建築による本件土地価格等の減少の可能性について

旧建物が取り壊され新建物が建築されると、申立人が旧建物について有していた抵当権は消滅するが、新建物の所有権を取得する相手方丙川観光が、新建物につき土地の抵当権と同順位同内容の抵当権を設定するか、抵当権者がそのような抵当権の設定を受ける利益を放棄するのでない限り、新建物について法定地上権は成立しない(東京地裁平成四年六月八日執行処分金融法務事情一三二四号三六頁、判例タイムズ七八五号一九八頁)。したがつて、申立人は旧建物(これには法定地上権分を含む。)について有していた抵当権を失うが、その代わりに土地について有している抵当権により、土地の価格の全体(法定地上権分を差し引かない額)を配当原資として配当を受けることができる利益を得るのである。

そして、申立人は、新建物が相手方丙川観光の所有となれば、新建物について、抵当権の設定を受けなくても、本件土地とともにする一括競売の申立をすることができる。

しかし、新建物が請負人である相手方戊田組の所有とされる場合には、上記の一括競売の申立はできず、新建物が存在するまで本件土地を売却するほかないから、本件土地の売却が長時間実現しなかつたり、売却価格が低下するなどの不利益が生じる可能性があることは、否定できない。

(2) 相手方戊田組に対する申立について

所有者以外の第三者である相手方戊田組に対して、売却のための保全処分を発令するためには、相手方戊田組が執行妨害目的をもつて本件建築工事をしていることが必要であると解される。しかし、相手方戊田組が執行妨害目的をもつて本件建築工事をしているとは認められないから、相手方戊田組に対する本件申立は理由がない。

(3) 相手方丙川観光に対する申立について

ア  上記認定のとおり、相手方丙川観光は、平成四年一月債務不履行状態となつたが、それを遡る五か月前の平成三年八月から、本件建物建築の前段階(準備行為)としてまず旧建物の取り壊し工事を初め、平成三年一二月本件建物の建築工事を開始している。相手方丙川観光は、本件差押後も本件建物の建築工事を続行したが、これは執行妨害を目的としてなされたものではなく、本件差押がなされた段階では既に本件工事は相当程度進行しており、これを中止するときは相手方らは相当程度の損害を蒙ることが予想されたこと、差押当時、相手方丙川観光は、申立人に対する債務の履行ができない状態にはあつたが、パチンコ店の営業は継続し、他に財産も有しており、完全な倒産状態にあつたわけではないことによるものであると認められる。

イ  一方、申立人としては、相手方丙川観光が債務不履行状態になつた平成四年一月直ちに競売の申立をするとともに保全処分の申立をして、本件建築工事の禁止等を求めることができたにもかかわらず、平成四年六月競売の申立をし、平成四年一二月になり、本件建築工事がほぼ完成するに至つて本件保全処分の申立をしたものである。

ウ  そして、申立人が本件売却のための保全処分の申立をした時点においては、本件工事は、ほぼ完成に近い状態にあり、相手方丙川観光(及び相手方戊田組)としては、工事を中止するときは甚大な損害を蒙る状況にある(他への占有の移転禁止等についても同様である。)。

上記アからウまでの諸事情をもとに考えると、申立人が、相手方丙川観光に対し、売却のための保全処分により、本件建築工事の禁止等を求めることは、抵当権と土地利用権の調整の観点からみて相当でなく、これを許容することはできないものと解するのが相当である。

(裁判官 松丸伸一郎)

《当事者》

申立人 甲野抵当証券株式会社

代表者代表取締役 乙山太郎

申立人代理人弁護士 西坂 信 同 山本昌彦 同 田中昭人

相手方(債務者) 丙川観光有限会社

代表者代表取締役 丁原春夫

代理人弁護士 徳満春彦

相手方 株式会社戊田組

代表者代表取締役 甲田夏夫

代理人弁護士 宮川典夫

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